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津屋崎本会 日曜錬修会 14.03/16

 ひさびさに。随分・・・あやうく一年放置するところでした。 

本日の教室は、十三勢五分節の三節目後半がメインでした。
「単鞭は蛇」は当門の伝統的な口伝。
左手の繊細さと器用さ、心身のバネを駆使する単鞭とそれに続く前招、後招。
動作の形容もだが、いやむしろ、
執拗で執念深く絡みつくような連環こそ、まさに「単鞭は蛇」

3名の希望者があって久々に「八閃」の補講。いつもの公園。
器を磨いて与え、軽い毒を盛る。
晴天の下、プチ春嵐。


福岡分会火曜錬修会 2013.05.28

 最近はすっかりKさんに個人教授。
完全無欠の清貧赤字運営(笑 そろそろ生徒を増やさないとまずいかも。

 順身掌の別法を指導する。雲手と共に対打の要。

 ふと思い付きで八卦掌の「滑手」を教授した。
対手してまあまあスムーズにやれたので安心した。独特の蛇行する歩法もちゃんと身体が覚えている。これからは相手をしてもらえるのでありがたい。ひとまず失伝回避。

 後半は太極拳の三十六式対打。
Kさんは技法の一つ一つを整えていく段階。今回は「順身掌」と「白鵝亮翅」。
「白鵝亮翅」は引進と心気の妙法。
双推手(擠手)との関連が深いのだが、時間が足りず今回は省略。


争走要訣(陳?)

 陳?公の遺作の「陳氏太極拳図解(または陳氏太極拳図説)」にある非常に重要で高度、かつ難解な訣文です。
 有名ながらその難解さもあってか、紹介されることは少ないのではないかと思います。(何しろ原文には全く句読点もありませんし)
ですから、下記の訳文は当門の拳理を踏まえた上でのものですが、あくまで私個人の理解力の範囲での意訳でありけして正確な翻訳というわけではなく、参考程度のものと御理解頂けますようにお願い致します。

※前回に同じく、他会の方も御参照・御利用は全く自由です。ただし、上記のように訳文の責任は一切負えませんので御了承下さい。

争走要訣(陳?)
 <実戦の秘訣

 両人手交各懐争勝之心、彼此擠到十分九厘地位、只余一厘。
  <二人が手を交え互いに競い勝ちたい気持ちを抱き、そこで目一杯張り合って、わずかに一厘(紙一重)の余裕しかないとする。
分勝負全在此一厘地位。
 <勝負を分けるのはこの(わずか)一厘がどちらのものになるのか?に懸かっている。
彼先占据、我即失敗。
 <相手が先にそれを占めれば、即ち自分が敗れる。
我先占据、彼亦失敗。
 <自分が先にそれを占めれば、もちろん相手が敗れる。
蓋得勢不得勢全系於此、此両人俱到山窮水尽也。
 <つまり優勢劣勢は全てここに懸かっているわけで、(このままでは)この二人はともに行き詰ってしまう。

 当此際者該如之何?
  <ではこういう場合にはどうするべきなのか?
曰必先据上游!
 <曰く、まず高い意識を持て!
問如何据上游?
 <問う、高い意識を持つとは?
頂精領住中気、手略提高居於敵手之上、身略前侵逼迫彼不得勢。
 <精気を頭頂に至らせ中気(内気)をうなじに満たし、応手は相手の手の上に高く挙げ(高度な技で敵の手に乗じるということか?)、身体は前進肉迫して(圧倒して)相手を非勢に追い込むのだ。(→当門の五霊の驚弾に通じる教えです)
力貴迅発、機貴神速。
 <瞬発力を貴び、好機に素早いことが重要だ。(→当門の五霊の閃手に通じる教えです)
一遅即失敗、一迅疾即得勢。
 <ほんの僅かな遅れでも即ち失敗であり、瞬速の速さでこそ勝勢を得られるのだ。
勢得則手一前送、破竹不難矣。
 <勝勢を得れば即ち手をさらに前に進め、(もはや)破竹の勢いをとどめるものはない。

 如両人対?、棋到局残勝負在此一歩。
  <例えば囲碁の対局で、いよいよ終局というところで勝敗を決する一手のようなものだ。
又如逐鹿、惟高才捷足者先得之。
 <または、逐鹿(天下を争う政争の例え)のように、ただ敏捷な行動力の高い者が先に天下を得るように。
又如両国興兵、先奪其輜重糧草。
 <または、戦争を始める2つの国が、まず相手の軍備品や糧食を奪うように。
此皆据上游監脳之法也。
 <これらはみな高度な意識からの頭脳戦法である。

 故平素打拳、全在一起一転。
  <だから普段から、全ては「一起一転」(機敏な起動と転換)にあるということを心において錬拳することだ。
所謂得勢、争来脈、出奇在転関。
 <つまり勝勢を獲得するとは、気勢(または気勁の兆し?)を争う(察知する)ことであり、優れた技は(その気勢の)転換にある。
本勢手将起之時、必先使手如何承住上勢、不令割断神気血脈。
 <身構えてまさに起動する時は、必ずまず何らかの手を打って(相手より)優位に立ち、精神と気脈・血脈(の流動)を途切れさせないようにしなければならない。
既承接之後、必思手如何得機得勢。
 <そしていざ接触したなら、勝機と勝勢を得るにはどうすればよいのかを考える必要がある。
来脈真機勢、得転関自然霊動。
 <気勢を察知してちゃんとした勝機・勝勢を獲得すれば、ごく自然で霊活な(気勢の)転換が得られる。(→当門の五霊の抖捜・霊動に通じる教えです)

 能如此、他日与人交手、自能身先立於不敗之地、指揮如意。
  <このようにできれば、いずれ人と手を交えても、自然にわが身が先に不敗の(有利な)位置に立つようになり、思いのままだ。
来脈転関、顧可忽乎哉!
 <気勢を察知して転換すれば、もう何も心配はいらないのだ!


學練陳氏太極拳十三要(陳立清)

 陳立清老師が残して下さった有名な文章です。
私の訳文をここに公開致します。
(これもニュアンスで誤訳があるかもしれません。適宜訂正致します)
会員へは以前要約をプリントで配布致しましたが、これは全文です。
(一部の会員へは以前から全編をFaceBookで閲覧できるようにしてあります)

※こちらでは注釈は敢えて削除致しました。
※他会の方も御参照・御利用は自由です。ただし、訳文の責任は負えませんので御了承下さい。


學練陳氏太極拳十三要 (陳立清)

一、靜 (静)
 靜就是安靜,平心靜氣的意思。
  <静とは安静のこと、平心静気*1)の意味。
學太極拳,首先是思想上的靜。
 <太極拳を学ぶには、まず最初に気持ちの上での静である。
練拳者要除去妄想,排除雜念,做到“心中一無所著,一念一無所思”。
 <練拳者は妄想を除去し雑念を排除し、「心中に一つしか示さず、一念に一つしか思わない」を達成しなければならない。(「一心一意」の境地についての言及*2)
這樣,就能做到意志集中,思想爲一,心無二用。
 <このように意志の集中が達成できれば、気持ちが一つで迷いが無い。
其次,是需要一個安靜的場所。
 <次に、重要なことの一つは安静でいられる場所である。
鍛煉時,應堅持一早一晚,要事先選擇一個清靜的地方。
 <鍛錬の時、毎朝毎晩の練習を堅持するにあたっては、まず清く静かな場所を一つ選択することが重要である。(錬功場所/ホームグランドの地勢の重要性*3)
地方清潔衛生,可免于疾病傳染;環境僻靜,可以脫離一切?雜聲的幹擾。
 <場所が清潔で衛生的であれば、疾病や伝染病を避けることができる;環境がひっそりと静かであれば、一切の騒がしい雑音などの煩わしさから逃れられる。
這樣,才能清心寡欲,去掉輕浮、張狂之氣。
 <このように清心寡欲であれば、軽く浮ついた心や勝手気ままな心を無くし去れる。
總而言之,我們要在“靜”字上狠下工夫。
 <まとめると、我らは“静”字の上に思い切った決心をすることが肝要である。
靜下來後,就可以專心思考,細心揣摩。
 <静であれば、心を集中して慎重に錬磨することができる。
對一著一勢的運行,轉換、虛實、開合、纏繞等基本要領,才能逐步領悟,姿勢趨于正確,較快地納入太極拳的軌道。
 <つまり一着一勢の運行である転換、虚実、開合、纏繞などの基本要領はその能力を徐々に会得して、姿勢も正確になり、比較的に早く太極拳の軌道に取り入れることができるようになる。
久後,自會達到“意之所向,全神貫注*4)”之境。 
 <そしてしばらくして、自ずから「意の向かうところに全身全霊を集中させる」の境地に到達するのだ。

二、意 
 太極拳是“以意引氣*1)”,煉意不煉力的內功拳。
  <太極拳は「意をもって気を導く」のであり、力ではなく意を練り上げる內功の拳である。
這就是說,太極拳的一著一勢,一舉一動都是以意來作指導的,領先的。
 <つまりこれは、太極拳の一着一勢、一挙一動の全ては、意によって為すように指導され促されるということだ。
什麽是意?
 <意とは何か?
意就是心思,就是思想。
 <意とは思考(意識)であり気持ち(心)である。
思想想到那裏,手就運行到那裏,心裏怎樣想,四肢百骸就怎樣做,決不是憑著力氣鼓著手足在運行。
 <心が思いいくところがそこなら手もそこに行き、心中がどんなふうかで四肢百骸(全身)がどうかが決まる。決して力によることではなく気を奮い起こして手足を運行させることである。
用意則輕靈自如,用力則僵硬遲滯。
 <意を用いれば軽霊で自在になり、力を用いれば硬直して遅滞する。
一切動作總是以意來領先的。
 <一切の動作は全て意によって促されるのだ。
拳論說:“以心爲主,而五官、百骸無不聽命”。
 <(伝統の)拳論では、「心を主とすれば、五官(耳・目・口・鼻・皮膚)も全身もいうことを聞かないということは無い」という。
“全身意在神,不在氣,在氣則滯”和“意之所向,全神貫注”就是這個意思。
 <「全身の意は神(心魂)にあって気にあるのではない。気にあっては滞ってしまう」、そして「意の向かうところに『全神貫注』する(全身全霊を集中させる)*2)」というのは、まさしくこのことである。
簡單地說,意就是大腦,就是腦神經。
 <簡単に説明すれば、意は大脳により、脳神経によって為される(働きである)。
大腦是全身神經的樞紐,發號司令的指揮部,周身肌膚、骨節、五?、六腑無不聽命,所以說,太極拳是在腦神經意識的支配下而運動的。 
 <大脳は全身神経の中枢で司令を発する指揮部であり、全身の皮膚や骨と関節、五臓六腑はこれに従わないことは無い。つまり、太極拳は脳神経の意識の支配による運動ということである。*3)

三、慢
 慢就是緩慢的意思。
  <慢とは緩慢な意識のこと(ゆったりとした意識を持つこと)。
一般學拳的人,往往在迫切要求學習的思想指導下急于求成,殊不知、快慢的利弊和二者間的辯證關系。
 <一般の拳を学ぶ人は、往々にして、早く完成する指導をもらおうと思って急いで学習しようとするが、実は快と慢の弁証法的な利害関係がわかっていない。
俗語說:“心急吃不了熱油?”,“欲速則不達”,“慢工出細活”。
 <俗に言う:「慌てて熱い油菓子は食えない」、「速くしようとすればできない」、「ゆっくりやれば細かいこともちゃんとできる」と。
確有它的道理。 
 <全く道理である。
 “冰凍三尺,非一日之寒”。初學時,不要想幾天、十幾天、或幾十天就學完學成一套。
  <「氷凍の三尺は一日の寒さにあらず」*1) 初心のうちは、何年、十数年、あるいは何十年かかるのかと考えずに学び続けて、一套を完成させるのだ。
要樹立一個慢慢學、認真紮實學的思想。
 <ゆっくりじっくり学ぶことを身に付けて、堅実な考えの正しさを理解しなくてはいけない。
這就是說,不學則已,學就要循序漸進,老老實實地,一步一個腳印,一著一勢地學。
 <よく言うように、学ぶことに終わりは無く、順序よく少しずつ学ばねばならない。堅実に、一歩一歩踏みしめて、一着一勢を地道に。
一著熟悉之後,再學下一著。
 <一着をじっくり理解したあと、もう一度その一着を学ぶ。
決不可粗枝大葉,霧裏看花,不求甚解,快速地學。
 <(大雑把な)枝葉で判断してはいけない。霧の中に本当の花が隠れているのだ。慌ててはいけない。(それでこそ)快速にしっかり学べるのだ。
學慢,對手足部位、定型、運行、上下承接、虛實轉換等基本要領就能看的多,聽的多,煉的多,領會的地方也就多。
 <ゆっくり学べば、手足の位置、定式の形、運行、上下の連携、虚実の転換などの基本要領について、見ること、聴くこと、鍛錬することが多く、身に付けるべきことが多い。
學慢,既是反複熟悉、鞏固、加深理解的過程;也是反複鍛煉、認識、實踐、校正的過程。
 <ゆっくり学べば、じっくり、しっかり反復することができ、深く理解する過程が加えられる。;また、鍛錬、認識、実践の反復で修正を加える(調整する)過程でもあるのだ。
姿勢、動作就會逐漸趨于正確,運行就會走上正規而經久不易改變和遺忘。
 <姿勢と動作は、だんだんと正確に向かって完成し、運行は、ずっと変えず忘れずに長く継続されてきた正しい規則の上に完成する。
學的快,手足錯亂,運行呆滯,對行氣,運轉更是茫然,天長日久,姿勢謬誤,醜態百出,校正起來實在困難,常言:“甯教千遍,不改一著”,就是這個意思。
 <早くを学ぶのは、手足は錯乱しその運行は鈍く停滞し、気の流れについてはその運行や転換がますます漠然としてはっきりしなくなり、(そのまま)時間がたつと、姿勢はおかしく醜態が多くなり、修正していくには困難が立ちはだかることになる。だから:「(あとで)一着を改めるくらいなら、いっそ(初めから)千回教わった方がいい」というのはまさにこのことである。
學的雖慢,可是一遍過手,就能收到基本上趨于正確的定型效果,即令稍有差錯,校正起來也是輕而易舉的。
 <ゆっくり学べば一通りできるようになり、正確な定型の効果によって(しっかりした)基本を手にすることができ、そうなれば、少々間違いがあっても修正していくことは簡単で容易になる。
如果學的快了,著著勢勢不夠真切,差錯?生,校正起來,精力和時間不知耗費到如何程度!
 <もし急いで学んだりすれば、一着一着一勢一勢が不足している(未完成である)のははっきりしていて、間違いばかりで、修正するのにいったいどれほどの精力と時間を浪費することになることか!
所以,學的慢,實際是快;學的快,實質是慢,這就是二者的辯證關系。
 <ゆえに、ゆっくり学べば実際は(習得が)早く、急いで学べば実質は(習得が)遅くなる。これこそがこの両者の弁証法的な関係である。
其次,在鍛煉時,由始至終應該順從自然,慢慢地運行,不宜于快(但也不宜過慢),行成前後路數不清或上下不接現象。
 <次に、鍛錬する時は終始自然に順応すべきで、ゆっくりゆったり運行させ、ただ速いだけなのはよくない(ただし遅すぎるのもよくない)。やっていることの前後の路数がはっきりしなかったりあるいは上下(手足)がバラバラになったりするからだ。
只有在緩慢運行中才能思想集中,全神貫注*2),精心去思考、揣摩運行規律,內勁轉換,腰脊園活等。
 <緩慢な運行であってこそ気持ちが集中して全神貫注でき、集中した精神を思考に向かわせ、内勁の転換や腰・脊髄の円滑などの運行の規律に心を尽くして錬磨することができる。
當姿勢趨于正確、定型,運行納入規律後,相對慢而言,也是可以適當變決的。
 <姿勢が正確で、定式の形と運行が規則に乗っていれば、慢であれば適当に変化することだってできると言える。
在快的運動中,大小轉關必須認真,切不可馬虎從事,一帶而過,形成錯亂無章。
 <早い動きの場合は、大小の転換は正確さが重要でいい加減ではダメだ。いったんそうなってしまうと、錯乱して規則も無くなる
快而後再慢下來,就這樣慢慢快快,快快慢慢,快慢相間的進行鍛煉*3),但必須做到快而不亂,慢而不散。
 <そして、快(錬)のあと再び慢(錬)に戻る。よく言うように、慢(錬)から快(錬)、快(錬)から慢(錬)なのだ。快(錬)と慢(錬)は相関して鍛錬を進める。ただし、快にして乱れない、慢にしてバラバラにならないということでなければいけない。
總而言之,學煉時,應持以“此在平居,去其欲速之心”。 *4)
 <総じて言えば、学び鍛錬する時は、「これら(快慢)は同居させ、急ぐ気持ちは取り除く」ということを心するように。

四、真 
 真就是認真。
  <真とは真(真実、真理)を見極めるということ。*1)
“世界上怕就怕‘認真’二字”。
 <「世界が恐れるなら恐れよ『認真』の二字」
學拳也是如此,須樹立一種一絲不苟的態度。
 <拳を学ぶのもこれで、何一ついささかもいい加減にしないという態度をうち立てる必要がある。
在學習過程中,一拳一勢要循規蹈矩*2),手、眼、身、法、步的基本要求必須認真對待,決不可走馬觀花*3),輕率對之。
 <学んでいる過程では、一拳一勢はよく規則を守って(定規やコンパスで線を引いたように)、手、眼、身、法、步の基本的な要求は真(真実、真理)を見極めて対処することが必須であり、決して「走馬観花(大雑把に表面だけを見て一喜一憂したり)」、これら(「規矩」の規則)に軽率に対してはならない。*4)
鍛煉時,要細心揣摩*5)、檢查、校正。
 <鍛錬では、細心揣摩して(心を尽くして錬磨し)、検査し、修正する必要がある。
每一姿勢力求自然舒展,正確大方。
 <(そして)一つ一つの姿勢は、自然でのびのびとして、正確で優雅であるように努めねばならない。*6)
這樣,就易于走上運行規律,經久而不致變形了。 
 <このように、運行の規律にのっとって動くことがたやすくなれば、もはや永久であり変形したりしない。*7)



杜育萬述?發受山西師傳歌訣

陳家小架の系譜に伝わるとされる有名な歌訣です。ざっくり訳してみました。
(ニュアンスで誤訳があるかもしれません。適宜訂正致します)

当門の風格にもそっくり当てはまる内容だと思っております。


「杜育萬述?發受山西師傳歌訣」
 <杜育萬師が述べていた?發公が受けたとされる山西の老師(王宗岳)の歌訣

 筋骨要鬆、皮毛要攻。節節貫串、虚靈在中。
  <筋骨を緩め、皮毛を収める。各関節(全身)を連係・一致させて、虚霊にする。

 舉歩輕靈、神内斂。
  <歩は軽霊にして、精神は内に収める。
舉歩周身要輕靈、尤須貫串。氣宜鼓盪、神宜内斂。
 <歩は全身を軽快にして、何より一致させることが重要。気は沸き立たせつつも、精神は内に収める。

 莫教斷續一氣研。
  <一気(呵成)を極め、断続せしむるなかれ。
勿使有凸凹處、勿使有斷續處。其根在脚發于腿、主宰在腰形于手指。由脚而腿而腰、總須完整一氣。向前退後乃得機得勢、有不得機得勢處、其病必于腰腿間求之。
 <でこぼこ(ぎくしゃく)したり断続するところがあってはいけない。その根本は脚にあって腿に発し、主体は腰にあって手指を形作る。脚より腿・腰に、全て一気(呵成)に完全に一致させなければならない。前進後退の得機得勢(タイミング)の善し悪しは、必ず腰・腿に(その要因が)ある。

 左宜右有虛實處。
  <左右には虚実がある。
虚實宜分、?楚一處、自有一處。虚實處處、總比一虚實。上下前後左右皆然。
 <虚実はちゃんと分けて、それぞれどちらかにはっきりさせる。虚実はあちこちにあって全て呼応している。上下・前後・左右、みなそうだ。

 意上寓下後天還。
  <意は上下して天還する。
凡比皆是意、不在外面。有上卽有下、有前卽有後、有左卽有右。如意要向上卽寓下。意若將物掀起而加以挫之之力。則其根自斷。必其壞之速而無疑、總之周身節節貫串。勿令絲毫問斷耳。
 <これらは全てみな意であり、外面には存在しない。上に有って下に有り、前に有って後ろに有り、左に有って右に有る。(意の)上下は思うままである。意を将軍のように掲げて(敵の)あれこれの力を打ち砕く。すなわちその根本は思い切ることだ。きっとその(敵を)打ち破ること速やかで疑いもなく、全身各部を連係・一致させられる。ほんの微かにも疑問をさしはさむことなかれ。

津屋崎本部錬修会 2013.3.03

 春が近いことを感じさせてくれるよい天気でした。
参加者4名。
私が仕事で遅れ1時間+αほど。基礎錬功中心の教授となりました。

本日の教授内容
・姿勢(構え)
  提収式(十三勢の初収):立纏雲手との関連について。
  封閉式(十三勢の再収/閉門式):開門掌〜閉門式。
・立纏雲手
  後立纏雲手:正中線の意識の重要性。重心移動、柔軟な手腕・肩、猿背について。順・拗。
  前立纏雲手:同上。
・衝捶
  順歩捶:撃ち放つ拳であること。豹頭。胸を立てる、起こす意識。
  拗歩捶:集める拳であること。狼頭。胸を丸くする。猿背。
  左順歩捶:眼前のハエを素早く撃ち落す。速射。
  右拗歩捶:力強く撃ち込める。
  左拗歩捶:正確に丁寧に。
  右順歩捶:遠方の的を撃ち抜く意識。弓箭の長射の意法。

 時間が足りず推手がやれませんでした。残念。


津屋崎本会特別錬修会 2013.02.09

 今回、以前から交流を深めておりました太極会の堀仁彦先生(馮志強老師伝、陳式心意混元太極拳門)の御訪問を頂くことになり、特別教室を開きました。
会員8名参加。

 前半は、当会の普段の例会の内容を御披露致しました。
・八段功
・基本式
・三撹水、順進掌の対練功
・引進連環歩
 ※初級では形に心・意を注ぎ、後には心・意が形になるようにすると説明致しますと、手法は異なるけど求めるところは同じようだとの御感想を頂きました。

 後半は、堀先生に御願い致しまして、短時間ながら馮氏心意混元太極拳の特別講習と、さらにはその真髄を秘めた48式の演武を御披露頂きました。まさにお宝満載の小1時間。
会員の皆さんの眼が爛爛と輝いていて、それを見ていて私も嬉しかったです。
 積極的に堀先生に接して、その真功夫の一旦をしっかり(ズシン!と・・・笑)味わせて頂けたラッキーな方もいました。きっととても貴重な体験になったことだろうと思います。
 楽しすぎて、皆さんの様子の写真を撮り忘れてしまったのが、私にはなんとも心残りでした。


津屋崎本部錬修会 2013.1.13

久々にちょっと、感想を書き留めてみようと思う。

●拳士教室
 曇っていましたが、無風で穏やかな気象であまり寒くありませんでした。

 独りで梨花槍を四尺の短棍で練ってみる。
当然とり回しは軽快になるので、運勁も技法の質もそれに特化して変わってくる。
八極門の森田先生は、短棍を用いて拳法の套路を見直してみて大きな成果があったとお聞きしている。そこまでにはほど遠いが、多くの工夫の余地を感じて面白かった。
 後半、gishaさんがいらっしゃり梨花槍の後半の套路を指導する。
いよいよ旋風槍(横掃千軍)の大技の部分。こういう大胆な動きは日常ではなかなかないだろうと思うが、懸念したよりうまくこなしてらっしゃる。前半部で基礎ができてきたので、きっと気持ちがいいのだろうと安心する。それが一番。
 ただこの先は細かい進退や前半と重複する技法も多く、しっかり覚えて頂くにはやはり難儀するかもしれない。数技をワンセットとして区切って何度も反復して積み重ねていこうと思う。

●健身太極拳教室
 生徒5名。

 ウーファさんに基本式の号令を掛けて頂いて、全員の姿勢のチェックをする。概ね良好。
膝の向きや円襠について指導する。
 続けて単式で斜行雲手。深く大きな呼吸で自然な発力を体験してもらう。崩炸の斜行雲手もやってみた。大きくのびのびと気勁が運用できるので気持ちがよいはず。内纏の雲手との複合も体験してもらった。
 小休止して、引進歩(五行歩)をやる。中定歩(封閉式)の時、集中して精神がぴんと張り詰めるいい感じが出てきた。そう、これが技法であり武術というものであることを感じてくれだしたようだった。
やはり大切な錬功なんだと私自身があらためて再認識した。
 仆歩(鋪地鶏)からの単把はハードなはずだが、全体にいい形になっている。基本式の貯金が活きているのがわかる。

 久々に衝捶もチェックしてみた。
さすがにウーファさんはいい感じが出ているが、他の方々は練習不足なのが一目瞭然。予想通り。しばらくは教室の錬修項目に入れることにしよう。

 推手。時間が無かったのでいきなり単推手を前後の活歩と横の並歩で行う。
推される圧力を全身に伝えて化しつつ、運勁を重心の移動と歩に連動させることを感じてもらう。やはり時間が足りなかった。もっとじっくり時間をかけなくてはいけないと思った。

 健身教室のはずだが意欲が高いベテラン3名につられて、最近はついつい拳士教室なみの尺度での評価や厳密な指導になってしまう時がある。じっくり観察してみると、ちゃんとそれなりの効果は上がっているようだ。少なくとも根っこの基礎部分は、それでいいのかもしれないと思うようになってきた。


福岡分会 錬修会 2013.1.8 稽古始め

本年度も福岡分会は稽古始めを迎えました!

・基本式
・順身掌 短打2種
・基礎的な立ち方の復習

基本式では、初めて号令をかけてやりました。また同時に号令をかける事の気功的な意味のお話しがありました。

私事ですが、本日正式に正拳士として認可していただき、五霊の言葉の由来についてのご説明がありました。選ばれし者の恍惚と不安二つ我にあり…ですが、私は五霊太極拳が大好きなので、正しき道を求めて、先生を信じて、今後は門人としての自覚と責任を持って拳を練って行きたいと思います。

その後は、改めて数種の立ち方の指導がありました。やはり正しき心は正しき形からということでしょうか。初めて学ぶ立ち方もあり、難しかったです。

本日より福岡分会もスタートいたしました!今年もよろしくお願いいたします。





九天龍行剣 2012.12.02

燕子攅天/繃剣
燕子攅天/繃剣
紫燕側翼
紫燕側翼
金梁架海

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